【映画批評】 自殺され、自殺することの表現・前篇/園子温監督『自殺サークル』

2013.08.29 Thursday
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    自殺サークル1.jpg


    人聞きのあまりよろしくないテーマで恐縮ですが、自殺者の問題は戦後の日本においてひじょうに重要性の高いものとなっています。一時期流行した集団練炭自殺やJR総武線小岩・新小岩間で連鎖の起こっている列車飛びこみ自殺、トイレ用洗剤「サンポール」をもちいた硫化水素自殺の頻発、そして、最近ではなんといっても歌手の藤圭子さんですが、著名人の自殺とその後追いなど、わたしたちの日常生活は無名のものたちの自殺とほとんど重ねあわせになっているようにすら思えます。

    実際、日本の自殺率は世界的に観てもひじょうに高いもので、こちらの2012年版の国際比較のデータによれば、日本の順位は、リトアニア、韓国、ロシア、ベラルーシ、ガイアナ、カザフスタン、ハンガリーに次ぐ第8位です。近年自殺率の急激に上昇してきた韓国とガイアナをのぞけば日本以外はすべて旧共産主義圏の国家で、文化的な差異を考える意味でもひじょうに興味深い数字です。

    もっとも、近年の年間3万人超の連続自殺者数の記録はつねに90年代のバブル崩壊と平成不況とセットで語られるきらいがありますが、統計学的に云って自殺率がふえているわけではないという指摘もなされています(「自殺は本当に増えているか」)。下のグラフを観ていただければわかるとおり、自殺率については少なくとも2回めの戦後最多レベルであり、戦後最多というわけではないようなのですね。

    自殺率1.gif

    社会実情データ図録
    http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/2774.html

    このグラフではどうしてもハンガリーの半世紀にも及ぶ自殺率の"山"が気になりますが(もちろん、後篇でこの問題をとりあげたハンガリー映画をご紹介しますが)、日本、そして、お隣の韓国の自殺率が急激に上昇した1990年代は世界史的に云ってひじょうに重要な時期でした。いうまでもなく、ソ連崩壊にともなう冷戦構造の解消があり、欧州原子力開発機構に所属していたティム・バーナーズ=リーがワールド・ワイド・ウェブを実装、無料公開し、翌年の94年には、オンライン商取引の分野でもっとも成功した企業のひとつであるアマゾン・ドット・コムが創業されます。

    また、芸術表現の分野では、1994年公開の押井守『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』や、1998年発表のフランスの現代作家ミシェル・ウェルベックの『素粒子』など、特異点論者のレイ・カーツワイルが謂うところの「ポスト・ヒューマン」が予言的に、あるいは、総括的に表現されるようになります。つまり、当時の先進国の社会生活はデジタル・ネットワークの時代に移行し、かつ、先端的な表現分野ではポスト・デジタル時代のすがたが内容的に語られるようになるのがこの頃なのですね。



    そして、韓国と云う国はひとときやたらとオンラインゲームのしすぎで死者をだしたニュースが話題によくのぼったことからもわかるとおり、早期のインターネット普及に力を世界的に観てもひじょうにいれていた国のひとつです。日本もそれは同様で、つまり、世界的な自殺率の高さを旧共産主義圏が占めるなかでなぜに東アジアの韓国と日本がわってはいっているのかと云うと、その要因のひとつには、歴史的に観ても急速なデジタル化による大規模な環境変動があったのではないかと推測されます。

    インターネット普及率.gif

    社会実情データ図録
    http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/6300.html

    この頃の日本の自殺者の急増で話題になったのはなんといってもインターネット掲示板を介しての集団練炭自殺です。世相的には匿名掲示板"2ちゃんねる"にネットユーザーが大移動をはじめ、随分猥褻で粗野なものだったといまあらためて観るとおもいますが、ハロープロジェクトのモーニング娘。の全盛期がちょうどこの頃にあたります。そして、この時代を良く対象化したものとして登場したのが、園子温監督の『自殺サークル』です。

    園監督のこのホラー映画は、端的に云えば超ド級の低級作品で、不愉快にならなくもない箇所がいくつかありはしますが、芸術映画としてはそれでもひじょうに良いものです。冒頭数分だけでもそれがよくわかります。

    しかし、この映画の主題はじつは若者の自殺ではないように僕には観えます。匿名掲示板やアイドルグループ、若者の集団自殺、それらが基本的にはこの奇怪な現象を追いかける警察官の視点で展開されており、よくわからないことがよくわからないままに物語は終わります。そして、事件の黒幕にはあまりにも幼すぎる子どもたちの存在があるらしい。それらにおとなの警察官たちが戦慄し、混乱し、翻弄されてゆくお話なのです。

    自殺サークル2.jpg

    園子温は1961年生まれの映画監督で、2001年公開の『自殺サークル』まではインディーズの世界で映画を撮りつづけていたひとです。近年では社会的な評価も高まり、続篇にあたる『紀子の食卓』『愛のむきだし』『冷たい熱帯魚』などで知られていますが、僕自身は『自殺サークル』以降の作品である『紀子の食卓』と『ハザード』(共に2006年公開)を先に観ており、実をいうと園子温はほんとうに「ふり」だけの酷い映画監督だとひじょうに評価の低かったひとなのです。

    そして、『自殺サークル』のこの傑出を観てふしぎに思い、以降の作品を冒頭だけでもあらためて観なおしてみたのですが、代表作の『愛のむきだし』をふくめてもやはり酷い作品でしかない。演劇を映像に記録しただけの映画的な教養の厚みがほとんどないものなのです。しかし、以前の作品には良いものもままあるのですね。つまり、正確に云うと、園子温監督は『自殺サークル』でその才能の絶頂を迎え、終息し、5年後の続篇『紀子の食卓』の制作中に完全崩壊をきたしたように僕の眼には映るのです。

    園子温.jpg


    園監督の『自殺サークル』には、今日の言葉で云えば"デジタル・ネイティブ"なのでしょうが、現代化であるデジタル・ネットワーク時代の訪れとそのあたらしい時代性を自然に身につけた若い世代への深い恐怖と混迷がまざまざとあらわされています。『自殺サークル』はその強烈な負の感情によって時代と時代のはざまに成立した歴史的な作品であり、今日の日本の時代的な遅れと憎悪に転じた若者言説にまで通じる抜きがたいひとつの棘なのですね。園監督の才能はこの死の棘を産むことに殉じたのです。

    アマゾンのレビューでも評価はひじょうに低いですし、僕も素直にはひとに薦められるような作品ではけっしてないのですが、冒頭の数分だけでも続篇の『紀子の食卓』と観比べてみてください。ここにはひとりの作家の才能の絶頂とその崩落の残骸がありありと横たわっているのです。

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    Chika Hitujiya

    羊谷知嘉
    ・作家
    ・批評家
    ・文芸創作アドバイザー
    ・哲学対話コーディネーター

    緒方勇人
    ・1988年生まれ
    ・2009大学読書人大賞最優秀賞
    ・立教大学院文学研究科比較文明学専攻在籍

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